さよならは約束だらうか

もう一度会うときまでさようなら

ZARDという付箋②組長登場と呪詛の響き

「はい、わかりました」

と言うしかなかった。断れない。。。いや、断れるわけがない。どうやってやるかなんてわからないけど、2200個の弁当を作るしか選択肢がないのだ。

僕は料理人の三浦さんに相談した。

 

「2200個弁当の注文受けたんですけど、応援てホテルに頼めますよね?」

 

三浦さん自身も、いぶし銀の料理人である。弁当作るのに鮭を1本仕入れて下ろすのである。僕なら冷凍の切り身を発注するところだ。三浦さん曰く

「売ってる切り身じゃ全部が同じ大きさにならんじゃろ。尻尾のほうは別のパーティーで使うからええんじゃ」

広島の人である。この三浦さん、なんとサンドイッチのパンも手切りなのだ。1枚1枚単価に合わせて薄さを調整するのだそう。。。雰囲気は「わし、不器用ですから」って言う”健さん”みたいだけど、そりゃあもう、めちゃめちゃ細かい仕事ぶりなのだ。

 

さて、その三浦さん、しばらく考えて

「組長を呼ぼう!」

と言い出した。僕にはさっぱりわからない。とりあえず組長と呼ばれる人は、三浦さんが同じ社内(ホテル)で一番信頼してる料理人だそうで、過去に弁当地獄を何度も経験しているスペシャリストらしいのだ。三浦さんが直接電話をしてくれるという。

 

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そして、その日の夕方に、事情を知った組長から直接電話がかかってきた。

「弁当2200か!えれえもん受けたなぁ!まぁ何とかしてやっから食材だけ揃えておきな!」

江戸っ子である。べらんめえ口調で脳内変換して欲しい。組長からの電話は

①当日は0時からスタート、余裕をもって8時には全部終わらせる(搬出は9時)

②若い衆は連れていくので心配しないでよい。

③常にコーヒーを飲める状態にして、音楽を切らさないこと。

であった。いたってシンプル。2200個の弁当を8時間で作る(人の手だけで)が可能なのかどうなのかさっぱりわからないけど、ここは組長を信頼するしかない。当日までまだ日があるのに、すでに胃が痛い。とにかく弁当箱や割り箸、バラン(緑色の草の形した飾り)など備品の発注と、食材(なんでも2200個分の鮭を手で切ると料理バカの三浦さんが言っている)の仕入れを100回くらい確認して、ようやく注文したのだった。

 

 

さて当日。

そう、その日は普通に営業をしていたのだ。昼間は会議室にコーヒーを出し、弁当を出し、夕方18時まで営業をした。もう胃に穴があくというのはこのことだろうと思うほど、キリキリとした状態が続いている。その日は施設自体も明日の大ホールの準備に追われるので夕方で閉館だった。明日執り行われるのはなんと日産の入社式だったのだ。弁当2200個とは新入社員の昼ご飯なのだ。18時で営業を終えた僕は、一旦自宅に帰り風呂に入ってすぐ戻ってきた。三浦さんは鮭を切っていた(このあと唐揚げの鶏肉も2200人分切るらしい。死ぬぞ?この人!)

そんな三浦さんを尻目に、僕は組長を迎える準備に取り掛かった。

CDラジカセをおもむろに取り出し、準備したのはZARDのベストアルバム!当時出たばかりのシングルコレクション14曲入りだ。「負けないで」なんてピッタリなんじゃないの?この状態に。。。なんて、この時点ではまだ軽く考えていた僕だった。

 

いよいよ23時。組長の登場である。

 

テーマ曲がないだけで、白髪頭で角刈りというそのいで立ちは、任侠モノの映画からそのまま出て来た人だった。若い衆(手下の料理人)からも「組長」と呼ばれていて、もはや完全に極道なのである。

そして、お付きの若い衆はなんと7人だった。こっちで集めた5人と組長を合わせても13人。2200個を13人である。噓でしょ。。。である。

 

真っ青の僕は何分呆然としていたのだろう。。。

 

組長は真っ白なコックコートに着替えて再び登場していた。組長は、ありったけのテーブルを並べた会議室を見渡して仁王立ちのままべらんめえ口調で開口一番

 

「3回に分けるか。。。こりゃあ800、800、600の3回戦だな」

 

と言い切ったのだ。

僕は唾をゴクリと飲みこんでいた。

 

 

【続く③今日の朝は、二度とない朝】