さよならは約束だらうか

もう一度会うときまでさようなら

出会った瞬間から別れのカウントダウンは始まっている。

看護士さんの送別会だった。

30名ほどの看護士さんが一堂に会し、酒を飲む。辞めてゆく女性は語学留学のため渡米するようだ。同僚たちはそれぞれ声をかけ、笑いながら涙ぐんでいた。7年間在籍したという。それはそれは積もる話もあっただろう。お店の計らいで(とはいってもピアニストにお願いした僕の計らいなのだが)ピアノの生演奏をプレゼントした。かなり酔っているのか気持ちよくなってしまったのか、看護士たちは皆で合唱して別れを惜しんでいた。久しぶりにいいパーティーに巡り合えたと思う。

 

 

深夜2時を回るとだいたいの幹線道路は空いていて、油断しているとだいぶスピードに乗ってしまう。東北自動車道と並走する国道122号線をいつも使っているのだが、浦和から岩槻にかけて信号がないまま5kmほど真っ直ぐな道があって、街灯が飛ぶようにバックミラーに映るときは要注意なのである。

今日のラヂオパーソナリティーは名も知らぬアイドルユニットのようで「はい!〇〇です!はい!△△です!、はい!それでは~」と、やけに話し始めるときの「はい!」が気になってしまった。僕は少しだけボリュームを絞ってハンドルを握りなおした。

 

 

最近売れっ子の女性芸人ではないが、およそ35億の女性がいて35億の男性がいて、当然性別にとらわれない方もいらっしゃるけれど、ひっくるめてこの地球上に世界人口としていま70億人ほど人間が存在しているらしい。

 

一生のうち、直接出会う人は何人くらいいるのだろう。小学校中学校、高校や大学など社会に出るまですれ違うだけの人も含めたら2000人?3000人?はいるだろうか?直接話しをした人に限定すれば、100人単位まで絞られることだろう。社会人になり、もしも職業に教師など選べば一学年200~300人前後の人と毎年のように出会ったりするけれど、深く関わり合う人となるとそうは多くないはずだ。

つまり出会いは偶然や奇蹟ではない。人は出会うべくして出会うはずの必然だと僕は思っている。どう考えても一生のうち70億と触れ合うことはできないし、日本国内であってもその大多数に出会うことなど皆無なはずだ。間違いなく人との出会いには意味がある。もしもその出会いが偶然だったとしても、それを必然に変えることができるなら生きてゆくうえの指標になり得るかもしれない。

 

そしてそんな大切な出会いであっても、必ず別れはやってくる。

 

卒業、転勤、恋人との別れもあるし、死別もまた辛い別れである。

そして、その多くの別れは出会った瞬間から見えないカウントダウンが始まっていて、人にはその数字がいつゼロになるかわからないのである。昨日まで会話していた人が突然事故で亡くなることだってあるのだ。

一期一会に通じるところがあるけれど、明日ゼロになるかも知れぬカウントは毎日確実に進んでいて、だからこそ出会った人とは真剣に向き合うことが必要なのである。

もうずいぶん長いこと飲食店の店長という仕事をやってきたけれど、卒業や就職、転職、海外留学など、それぞれのステージに向かってゆくアルバイトくんたちを、僕は常に世へ送り出してきた。とんでもないことに、高校1年生で採用して大学卒業するまで7年間毎日のように顔を合わせていたアルバイトもいた。15歳から22歳の多感な時期に勉強以外の社会を教えるようなものである。親子並みの感情があってもおかしくないだろう。大学卒業のときは嬉しくて寂しくて泣けてきたものだ。

とはいえ今まで出会ってきた10代に「社会はこうだ!」「大人とはこういうものだ!」などと恩着せがましく論破することなどせず、僕は自分の経験談を話すのが常であったし好きでもあった。もしもこの子が社会に出て壁にぶつかったとき「あのとき店長はこんなこと言っていたなぁ」などと思いだしてくれたら、それで十分なのである。そんな記憶に残る人になることを僕は目標にしているし、そんな人でありたいなぁと常日頃思っている。そう、毎日だ。何故なら明日にでもそのカウントはゼロになるかも知れないのだから。

 

 

気がつけばラヂオはいつものメインパーソナリティーに戻っていて、とぼけたジョークを飛ばしながら夜を着々と進めている。直接は会ってないけれど、声だけの人でも記憶に残る人はいる。「一度に何千人、何万人の人の記憶に残るって羨ましい」などと思いながら、僕は国道16号線をひたすら走っている。