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さよならは約束だらうか

もう一度会うときまでさようなら

辻村深月さんを深読み「名前探しの放課後」徹底考察&相関図

名前探しの放課後』再読しました。

 

今回は深く読み込んだ事情も含めてじっくりとこの作品を考察してみたいと思います。

以後かなりなネタバレなので、もう絶対知りたくない人は読まないでね。

 

この『名前探しの放課後』は上下巻約850頁にも及ぶ大作で、真剣に読んだら7~8時間かかると思われる。

で、この物語は辻村さんの著作『ぼくのメジャースプーン』で活躍した小学生たちがそっくりそのまま高校生となって活躍している作品。

いわゆる別作品と登場人物がリンクしてるっていうより姉妹本といってもいいくらいの関係で、もちろん<姉妹本>とか<登場人物が一緒です>とか書いてあるわけじゃないんだけど(そんな野暮なことはしないか)注意深く読むと・・・・・

 

 

 


まず『天木敬』登場の場面(名前探し㊤125P~126P)サッカー部の活動も手を抜かない文武両道のお手本、教師の信頼も厚く自分たちの代ナンバー1だという記述があり、これは『ぼくのメジャースプーン』(76P)タカシはサッカーがすごくうまくて、女子からモテる。という記述と符合し、天木敬=タカシで間違いないだろう。


その天木と秀人は小学校以来の親友(名前探し㊤125P)ということなので、秀人も<ぼくメジャ>関係者と推察される。

また、秀人の彼女である『椿』は、小学校からピアノと習字そして短歌を習っているという記述と(名前探し㊤389P)『ぼくのメジャースプーン』でヒロインだった『ふみちゃん』の習字、ピアノ、公文、生け花と短歌を習っていたこともあるという記述と符合(ぼくメジャ17P)するので・・・つまり、椿さん=ふみちゃんではないか?

更にもしも彼女がふみちゃんだったら、秀人=ぼくではないのか?と怪しげな雰囲気に辿り着ける。(ぼくのメジャースプーンの主人公は<ぼく>としか記されていない)
まーこの<椿=ふみちゃん><秀人=ぼく>というネタバレはエピローグ(名前探し㊦440P~441P)で明らかになるので、こんなに深読みしなくても充分物語は楽しめるんだけどね。

ただ、秀人=ぼくなのだから<あの力>は重要なファクターになるのだ。
(あの力→条件提示ゲーム能力という呪いの力)

そうなってくると登場人物のなかにいる『ハルくん』が気になる。・・・名前は小瀬友春。
彼は<ぼくメジャ>の『トモ』ではないのか?
よく読むと秀人とハルくんは、大昔に大喧嘩して酷い殴り合いをしたという記述がある(名前探し㊤284P)・・・それってもしかしなくてもあの力を試して二度とふみちゃんと会話できないようにしたあの事件でしょ!(ぼくメジャ358P~数ページ)

当時はトモって呼ばれてたけど、中学生ころから呼び名がハル(友春の下の字のハル)になったという記述がなされている(名前探し㊤403P)
そーなると・・・あぁやっぱり・・・作品中、椿と友春が会話をするシーンはないのだ!

あと本筋にはあんまり関係ないけど、いつかと付き合っていたアヤ・・・豊田綾乃は、ぼくメジャのあーちゃんだと思われますね。

これは確証がないんだけど、同じ小学校だった椿、天木、秀人がこぞって美人と賞賛していたあたり非常に怪しい(笑)なにしろ小学生だったあーちゃんはとてもかわいくTVの生中継取材にも登場するくらいなのだ(ぼくメジャ75P)

このあたりまでが作品に影響を深く与える人たちで、そのほか松永郁也くん、芹沢光(理帆子)と多恵さん(郁也くんのお手伝いさん)という『凍りのくじら』メンバーが出てますね!

郁也くんは同じ高校に籍を置く特待生・・・クリスマスイブパーティーの席でピアノを弾いてくれてますし、ドラえもん好きの一面も見せてます(名前探し㊦242P)

 
クリスマスイブパーティーで写真を撮っている髪の長い美人が理帆子で、そのとき撮った写真は大晦日夜から初詣に行った際あすなからいつかに渡されてますね。

あとは、理帆子の母校F高校は皆の通う藤見高校と思われ、理帆子が通っていた当時有名進学校だったのに、最近はそこそこ進学校になった(多分6年程歳の差があると思われる)を匂わせる記述がされてます(名前探し㊤125P)


ちなみに郁也くんは『ぼくのメジャースプーン』にもちょろっと出てて、ふみ(椿)が嫌がったピアノ発表会で、順番が繰り上がってふみの直前にピアノを披露したのが郁也くん。だから秀人と郁也くんはなんとなく面識があるはず。ふみちゃんも『凍りのくじら』では郁也と同じ<きちんとスラスラお話ができる教室>に通っている。

 

あとはやっぱり秋先生かな。 
秀人と同じ能力(条件提示ゲーム能力)の持ち主。

秀人の親戚の叔父さんでもある。


D大学で教育学部児童心理学科の教授である秋山先生は『子どもたちは夜と遊ぶ』で重要な役柄で登場、『ぼくのメジャースプーン』でも、ぼく=秀人を助ける重要な人物である。

秋先生の登場は12月22日、河野の友春が繁華街であすなに目撃された事件で(名前探し㊦280P)白髪まじりの男性の記述があり、椿が『ごぶさたしてます』と挨拶すると親しげに微笑するくだりや『長尾くんのお父さん?』とあすなが雰囲気が似ていることを指摘、さらに秀人が『昔の恩師』と紹介するところで決定的だ。
ちなみにこの時はこの事件に至った経緯を、秀人は秋先生に報告していないようだ(名前探し㊦440P)

もっと細かく探せばでてくるのかな?<チヨダ・コーキ>の本とか(名前探し㊦147P)
これは『スロウハイツの神様』で活躍する作家チヨダ・コーキの本に夢中になる二人のシーン。

とりあえず本題はストーリーな訳で、でもこの各自の生い立ちや繋がりが微妙に物語の味付けに関わってくる。この『名前探しの放課後』を理解するのには巷でよく言われる『他の作品を読んでからこれを読んで』ということは、まあこーゆうことなんですね。

 

さて、ストーリーは再読するとわかるけど二段構えで、初読のときは素直に騙されて最後に『え~そうだったの』という流れで、登場人物の相互の会話に違和感がありながらも温かい気持ちになるという感じかな(捻くれてなければ)

再読時はあすなをみんなで騙していることを知っているので、登場人物の会話の違和感が何故発生したのかがわかってくると思う。


注意して読むと、あすなとの会話のほとんどが違和感で、付随する他の登場人物の動向に引っ掛かる部分が多すぎる(笑)無限にばら撒かれる伏線なんだけど、勘のいい読者なら要チェックして読んでるところでしょう。この擦れ違いの会話が結果を知っている身としては、涙がでるほどジーンとくるのだ。

それにしても天木のリーダーシップはすばらしいね。ぐいぐいと自分の企てたストーリーに引き込む様子は圧巻!協力する河野の演技力には脱帽ものだけど、他メンバーのさり気ない演技もなかなかだよ。


性格として<頭のいい合理主義>という天木・・・小学生からそうだったよね・・・自分の班にふみちゃんを引き入れて、先生にわからない質問をされたときにも対処しようと企んでいた・・・それがタカシなんだ(ぼくメジャ77P)・・・協力するにあたって対価を求めるあたりが厭らしい(笑)


椿が語る『おおかみ少年』の一節も興味深い挿話・・・読書好きで、読んだ本の内容を必ず現実と結びつけて自分のものにする(ぼくメジャ26P)という姿勢が、嘘をつく少年を責めるのではなく、実は101回目を信じなかった住民の戒めではないかと解くあたり(名前探し㊤202P)・・・聡明さを感じ是ずにはいられない。

 

まぁ一番食えない奴は秀人だけど。

 

さっきストーリーは二段構えって説明したけど、厳密には三段構えとも見て取れますよね・・・だってこの現象を巻き起こしたのは他でもない秀人なんだから。

 

勘の良い天木が再三『お前は冷静すぎる・・・一番のキレ者はお前のはずなのに』なんていうけど、そりゃそうでしょ(笑)タイムスリップという現象で説明したいつかの記憶を操作したのは秀人なんだから。


つまり、いつかが説明したタイムスリップという現象を信じて、あすなの自殺を食い止める演技を皆で一生懸命していた中、秀人だけは最初からタイムスリップではなく

 

『三ヵ月後にいつかの気になっている女の子が死ぬ』

 

ていう<あの力>で歪んだ記憶だということを知っていた訳で、皆の行動をじっくり観察していたに違いないのだ。

 

こんな風に書くと秀人がすごく嫌な奴に映るけど、実際スタートと結末しかわからない秀人は、いつかの相談に必ず乗らなければならなかった訳で、結末に至るまでの過程はやっぱり努力しなければならなかったのだから、やっぱり充実した三ヶ月を過ごしたに違いない。(このあたりはエピローグに秀人が吐露してますねぇ)


ちゃらちゃらしてたいつかの本気度をちょっと試しちゃった結果が一大事だったって事。
想像もしなかったいつかの心を覗いた秀人は素直に感動したんだと思う。秀人はもともと真っ直ぐな心の持ち主だからね。

 

整理すると、河野の自殺を食い止めるっていう努力の過程に友情を感じ、それが本当はあすなを救う手段だったという感動があり、あすなに悟られないようにメンバーが協力してあすなの自殺を食い止める過程での会話の妙(会話のすべてが裏返しの意味を持つ・・・二重の意味合いって感じかな)を感じて心温まるってのと、実は秀人の仕組んだことでタイムスリップでもなんでもなく、いつかが気付かなかったあすなへの想いを確信に導くために、秀人以外のメンバーが踊らされていた妙を感じるところが、この物語の深いところでもあるんじゃないかな。

 

事の顛末をいずれ聞かされる師匠『秋先生』も苦笑でしょう。

 


さて、この舞台になっている富士山の麓、富士吉田(本文中は不二芳)で、フォレストランドはもちろん富士急ハイランド
エピローグにある川は『鐘山の滝』ではないかと連想され、流れ着く池は『忍野八海』と呼ばれる山中湖近辺随一の観光スポットですね。

 

忍野八海の池は透明度が高く深さもかなりある。著者はこの辺りが地元なのだろう・・・山梨県出身としかわからないけど、やっぱり地元感に溢れる描写がすばらしいもんね。

 

この他、地図を辿れば色々発見もあるのだろうけど、それはもっとマニアの方にお任せかな(笑)